
午後、三重県人権センターでシンポジウムがあった
主催は財団法人 反差別・人権研究所みえ
ワタシは三重短期大学の脇田先生にお誘いいただいてきょうの開催を知った
脇田先生がパネルディスカッションのコーディネーター、ピアサポートみえの松田さんがパネリストとして参加されると聞き、行くことにしたのだ
多目的ホールはほぼ満席で13時開始
はじめに社会福祉法人AJU自立の家の水谷さんから、東日本大震災で被災した障害者の支援の様子が報告され、次に三重大学の荒川先生から「災害時においても障がい者への合理的配慮が確立されるみえをつくる研究会」の活動報告、そしてパネルディスカッションが行われ終了は17時前、途中退席は少なく関心の高さがうかがわれた
AJU自立の家は、3月12日の早朝に宮城県名取市の障害者支援センターから「女性の介助者が被災したので至急女性スタッフがほしい」との要請を受け、この日の夕方には女性3名を含む5名のスタッフが、積めるだけの物資と燃料を積んで被災地に向かった
翌日には現地に到着し、14日から避難所を回って彼らが驚いたのは、「避難所に障害者がいない」ことだったという
なぜ?障害者はどこに避難しているのか?
被災地でのAJUの活動は、障害者の所在調査から始まったが、行政・避難所ともに混乱を極め、障害者の所在把握は容易ではなかった
しかし、調べていくうちに、そもそも避難所に移動する手段がなく、避難できない人がいたことや、避難所がバリアフリーでなかったり介助者を確保することができないため、避難所で暮らせない障害者が多いことがわかってきたという
このことを私たちはどう受け止めるか?
パネルディスカッションでは、自閉症のお子さんを持つ三重県自閉症協会の山根さんから、自閉症の子が避難所に自分の「居場所」を持てるよう、彼らにも「役割」「仕事」を与えてほしいという意見があった
また、ピアサポートみえの松田さんから、そんな災害が発生したら、自分は死なな仕方ないやろとこれまで思っていたが、やっぱり死にたくないと思うようになってきたと自分の思いを語られた
東日本大震災では、健常者であっても、家族が離れ離れになって安否や居場所がわからないようなことはたくさんあったようだから、障害のある人を完璧にフォロー、ケアする体制を構築することはできないだろう
けれども、完璧は望むべくもないにしても、転ばぬ先の杖として行政にできること、地域の人々にできることはたくさんあるはずだ
さてこれからワタシは何をしようか?
そんなことを考えさせられた